こんにちはせんちゃん(@senchan0413)です!
ちょこちょこ当ブログでも話題にしていた私の父ですが、令和元年7月29日(月)永眠しました。
最後は病院に付添で泊まり込んでいたこともあり、なかなかブログを更新することが出来ず、心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。
父の最後は笑っているような、とても安らかな表情でした。
亡くなる2日前まで放射線治療をしていましたが、間質性肺炎が悪化したことにより亡くなりました。
32年間病気と戦い続けた父は立派でした。
薬害肝炎になり、絶望の中で希望を見つけようとあがいていた父はずっと孤独と戦い続けていたような気がします。
私自身も親子関係が崩壊していたこともあり、あまり寄り添えずたくさんの後悔が浮き彫りになりました。
新薬の治験に参加するとき、
「こんな思いをするのは自分で最後にしたほうがいい、今後の医学のためなら役にたててほしい」
と言っていた父。
二度と父のような薬害の被害者が出ないことを祈るばかりです。
父の部屋を掃除していると、薬害肝炎の原告団になるための書類を見つけました。
どこまでできるかはわかりませんが、できるところまで父の意思を引き継ぎ動いてみようと思います。
その中で、薬害肝炎被害者の方、被害者家族の方の有益な情報を発信出来たらなぁと思っております。
相続関係の手続きが思ったよりも大変で時間がかかっているのですが、少しずつ日常を取り戻しつつあるのでこれからはいつも通りブログを再開していきます。
結婚とは違い、『死』というのは準備する時間が短く、何かと即決即断を求められることが多かったので、今回わたしが経験した失敗や、こうしたらよかったなぁと思うことを『道草ぶろぐ』にて書き綴っていければなと思います。
今後も変わらず応援していただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました!
まだまだ未熟ですが今後とも『道草ぶろぐ』及びせんちゃんをよろしくお願いいたします。
せんちゃん